2018年8月15日 (水)

終戦記念日

今日は敗戦から73年目の終戦記念日であった。
想像を絶する戦争の惨状をラジオ等で語ってくださる方々のお話を耳にし、また他方、北朝鮮との戦争も辞さないような安倍政権の反平和主義的な姿勢を見ていると、平和がどれほど大切なのかを改めて実感する。
日本政府によって再び戦争を始められるような憲法への改悪は、絶対に許してはなるまい。

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2018年8月 7日 (火)

風化させて忘れ去ってはならない

日本が敗戦した1945年の8月、その8月の6日には広島に、9日には長崎に原爆が投下された。その惨状を、決して風化させて忘れ去ってはならない。
戦争は、特に核兵器を使用した戦争は、言葉に出来ないほどの惨状を生み出すものである。

https://www.youtube.com/watch?v=Ftq86XMnaMI

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2018年7月23日 (月)

熊谷で41.1℃

今日、わが埼玉県の熊谷市では、日本歴代最高温記録の41.4℃を記録したとのことである。
もちろん、ここ上尾市も猛烈に暑いので、塾の行き帰りにはくれぐれも熱中症に注意してもらいたい。

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2018年7月16日 (月)

スマホがあって、家で勉強するはずがない

もうまもなく夏休みである。そして、この夏休みにどれだけ勉強するかで、受験勉強の成果は大きく変ってくる。
しかしながら今のような酷暑が続けば、一人で勉強に集中するのは容易ではあるまい。まして、スマホがあって、家で勉強するはずがない。

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2018年7月10日 (火)

多ヶ国語の学習(その2) --- 再掲載

 前回書いたように、‘STORIE DI TUTTI I GIORNI ’の伊文英訳を書いてみる。
 イタリア語の storie は storia (女性名詞) の複数形であり、di は前置詞、tutti は形容詞 tutto (男性形) の複数形、giorni は giorno (「日」<男性名詞>)の複数形である。
 ほとんどのヨーロッパ語では、名詞には「数」(単数・複数)の他に「性」(男性・中性・女性」)の区別がある。フランス語やイタリア語の場合には「男性」・「女性」の区別だけであり、ドイツ語やロシア語の場合には、「男性」・「中性」・「女性」の区別がある。因みに、古代ギリシア語やラテン語の場合にも、名詞に「男性」・「中性」・「女性」の区別がある。


Storie di tutti i giorni
Stories of all the days


vecchi discorsi sempre da fare
old tales always being told


storie ferme sulle panchine
stories, sitting fixed on the benches


in attesa di un lieto fine
waiting for a glad ending


storie di noi brava gente
stories of our respectable people


che fa fatica, s'innamora con niente,
who, with fatigue, fall in love with trifling people


vita di sempre, ma in mente grandi idee.
and yet, living life that has great ideas in the mind.
................................


Storie come anelli di fumo
Stories, like circles of smoke,


in un posto lontano, senza nessuno
which are placed far way, without anybody


solo una notte che non finisce mai.
there's only a night that never ends.


 上段の青色の文字がイタリア語の原詩、下段の黒色の文字が小生による英語訳である。
 歌詞を知ったのは数年前であり、You TubeでRiccardo Fogliが歌っているものを発見したのは更に後になる。実はその遥か以前から、小生は、レイモン・ルフェーブル (Raymond Lefèvre) が彼自身のオーケストラのために編曲した曲を聴いていた。<それにしても、You tube 音質悪いな! >
 ルフェーブルの曲は、弦楽群が葬送曲のような荘重なメロディーを奏でて始まり、弦楽の演奏が30秒ほど続いた後、一転して同じメロディーラインをロック調に数分間演奏している。低音部もコントラバスからエレキベースに切り替えられているようであり、ドラムの「ドカン・ドカン」という音と、成り行き任せの (いいかげんな) 生き方を象徴するかのようなトランペットの背後では、弦楽群が少し悲しいメロディーを基調を崩さず、真面目に奏でている。
 まさしく、これぞ人生 (C'est la vie) である。

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多ヶ国語の学習(その1) --- 再掲載

 最近は中国語を第2外国語として学習する学生も多いようであるが、小生が学生の頃は、第2外国語といえばドイツ語かフランス語であった。
 小生の場合にはドイツ語がそうであったが、文法理解の手掛かりは英語の文法であった。周知のとおり、英語の場合には動詞の人称変化は「3単現のs」とbe動詞だけであり、格変化は人称代名詞でけである。だが、ドイツ語の場合には非常に多くの規則的な変化が存在し、それゆえ、(逆説的になるが) 初級者でも文法を手掛かりにして、或.る程度文章を読み進めることが可能である。
 この複雑ではあるが規則的な変化に挫折しないで学習を進めることができれば、次のヨーロッパ語の学習も可能である。小生の場合には、それはロシア語であった。ヨーロッパ語をいくつか学習してゆく中で、それらの文法的な類似性のみならず、言葉の近似性をも実感させられた。そして、それは小生の英語理解に深みを与えたように思われる。

 ところで、小生には物事にのめり込む傾向があり、パソコンもパーツを集めて自作から修理までを行い、シャンソン (chanson) の歌詞 (paroles) に凝ったときには自分のwebsiteに「シャンソンの部屋」を作成した。カンツォーネ (canzone) を聴いたときにはその響きに圧倒され、すぐにでもイタリア語を勉強したい思いに駆られた。
 canzoneといえば、イタリアでは地中海沿いのフランス国境に近いサンレモ (Sanremo) という町で毎年音楽祭 (Festival della canzone italiana) が行われている。1982年の優勝曲‘Storie di tutti i giorni’は、小生の気に入っている曲の一つである。英語とフランス語の文法をたよりに、イタリア語の辞書と入門書を買って曲の全訳を行った少し後で、You TubeにRiccardo Fogli自身が歌っているものがUPされているのを発見した。
 次回のブログでこの曲の一部を伊文英訳してみる。(著作権の関係で、全文掲載はできない。) なお、小生のwebsiteに日本語の部分訳が掲載してある。

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2018年7月 6日 (金)

入試問題のレベル

部活の大会も期末テストも終って、中3生には本格的な受験勉強の季節が到来しました。
参考までに、これが昨年度の埼玉県の高校入試の数学の問題 (一般校用) です。まだ学習していない範囲も多いのですが、しっかり勉強しなければ出来ない問題が多いですよ。

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2018年6月30日 (土)

説教オヤジ

今日は期末試験の直前対策補習で、朝から塾を開けていた。
塾生たちがそれなりにしっかり勉強していれば小生はいちいち小言を言わないことにしているが、今日は一部の塾生たちには説教オヤジになってしまった。分からないところだらけなら、もっとしっかり勉強しろ、と!!

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